2008年7月28-8月3日に、中国・新疆ウイグル自治区へ日食を見に行ってきました。
時刻は,中国では、北京時間です。
7/28
朝、8時前には集合なので、5時起きでした。バス停が遠くなたのと、集合が朝早いので、今回は自分の車で行って、空港近くの駐車場に車を預けました。
チケットを受け取って、集合場所で待っていると、以前、オーストラリアへご一緒したN西夫妻と会いました。同じツアーだそうです。
杭州で、海南航空の国内線に乗り換えです。別コースの方々ともここで合流でした。CANでよくご一緒させていただいているY田さんがおられました。
ここからウルムチ(烏魯木齊)まで、飛行時間が長いなと思ったら西安経由で、西安で一時飛行機を降りて待たされました。
海南航空の機内食で昼食と夕食でした。2度とも麺を選んだのですが、炒めた麺で、イスラム教徒用と書かれていました。
豚肉なしという意味のようです。味は、どうにか及第といったところでした。
北京時間の23時頃にウルムチに到着しました。雨がばらついています!?ガイドの張さんには、恵みの雨を運んできてくれたといわれました。
そうなんでしょうが?晴天率のよさを期待して、ここまで来たツアー参加者にとっては微妙な洗礼でした。
新疆大酒店泊。
建物の中でもラジオがよく聞こえます。高い建物なのですが、鉄筋入っているんだろうか?
7/29
7時起床、9時出発でした。
朝、出発まで、ロビーで待っているとS田さんにも会いました。
同じツアーの別コースで、別経路で来られたそうです。
午前中は、紅山公園、新疆博物館、市場を見学。
紅山公園では、出勤前の人々が、太極拳やら、スポーツやらをしていました。
新疆博物館は、楼蘭美女のミイラとかが、無造作に展示されています。
ミュージアムショップで、すごいい絨毯があったのですが、玄関マットサイズで10000元です。買えません。
午後は、トルファンまでバスで移動です。途中、東洋一という風力発電所で休憩しました。
見渡す限りの風車です。全部で900機ほどあるそうです。
こうしてみると、日本のウインドファームなんて子供騙しな気がしてきます。
途中でトイレ休憩で寄ったドライブインのお土産屋さんでは、日本語で声をかけられます。
トルファン(吐魯番)について、カレーズ(地下水路)の博物館へ。
カレーズの一部を掘って、建物で覆って公開しています。
入場券が、バーコード読み取り式です。入場券をかざすと、請入と声がして、ゲートのバーが回せます。
半券もぎりでよい気がしますが、この後、どこの観光地へいってもこの方式です。
駐車場で、つくば星の会の宴会でお会いしましたよねと、気象研のS井さんに声をかけられました。なんと、F井さんと同じ研究室だということでした。
吐魯番賓館泊。
ホテルとは別のレストランで夕食の後、ホテルで、民族舞踊のショーを見ました。
なにやら、やりながら段取りをしている雰囲気で、あまり、洗練はされていませんでした。
7/30
午前中、ベゼキリク千仏洞、高昌故城、アスターナ古墳群を見学。
高昌故城、広いです。ロバの牽く車で一番奥の玄奘三蔵が滞在して説教をしたという建物まで移動しました。
アスターナ古墳群では、3か所のうち1か所で、ミイラがアクリルカバーをかけただけでそのまま展示してあります。
乾燥しているからできる技のようです。
昼食は、トルファン市内の農家で。干しブドウを始めドライフルーツがおいしかったです。
シシカバブや手打ちラーメンでした。
午後は、暑い時間は宿で休んで、その後、交河故城へ。
ここも、広いです。河にはさまれた遺跡ですが、川向こうには、干しぶどう用の小屋が、遺跡とマッチする形で建っています。
夕食後に説明会を開かれました。
中国側の要請で、観測場所が、少し手前に変更されたということでした。
#この変更が、後の悲劇に?
場所が変わったので、予報の変更の説明で、S田さんも壇上に。
コロナの形の予報の説明では、天文ガイドに連載を持っている篠原さんが、シャンプーハットまで使って、熱演でした。
質問が出て初めて、片岡編集長から現在現地は曇りと知らされ、会場には、微妙な雰囲気が。
7/31
巴里坤への移動です。途中、道路に工事個所多く、時間がかかるが予想されたので、5時起きでした。
朝食で食堂へ行く途中、空には星が残っていました。北極星が高いです。
ハミ(哈密)で昼食。ハミ駅のところで黒煙が上がっていたのですが、なんだたのでしょう?火事?
午後は、山越えで、途中、白石頭でトイレ休憩でしたが、高原で、避暑地という趣です。とても良い場所でした。
案の定、巴里坤到着が遅れたので、予定していた現地の下見は希望者だけになりました。
最初は行こうかと思っていたのですが、往復6時間くらいかかると聞いてパスすることに。
距離は、たいしたことは無いのですが、路が悪いのと、検問があるからだそうです。
現地の状態は確認したかったのですが、着いても暗くなてからなので、下見の役はしそうもありません。
#行ったN西さんによると、帰ったのは2時過ぎだったそうです。
ところで、巴里坤ですが、出かける前にGoogle
mapで確認した時には、なんと、寂れた感じの街だろうと思ってたのですが、着いてみてびっくり、確かに町の規模は多くくないものの、人口2万人とは思え
ないない立派な街です。
夕方、外へ出てみると、日食メガネを売っているブースが出ていました。
面白かったのは、宿の前に地元のTV局があったのですが、朝夕、新疆人民広播電台のラジオの音声をスピーカーで流していました。
夜、なにやら外が賑やかなので、もう一度出かけてみたら、日食に合わせて歌や踊りの観光の催しが開かれていました。
会場に近づく途中で、声をかけられたのですが、別のツアーで日食に来ていたどなたかだったのですが、幾分暗かったせいもあって、よくわかりませんでした。
すみません。
8/1
朝、快晴でした。
午前中、1時間ほど、市内観光をしました。
途中検問が多いということなので、早めに出かけることになり、11時過ぎに出発。
ところが、街を出るところで、先導の警察車両を待って、1時間ほど停車させられてしまいました。
結局、警察は、一緒に先導する別のツアーのバスを待っていたようです。
1時間ほど走ったところで、検問がありました。ここで、警察による名簿とパスポートの照らし合わせと、軍による手荷物の検査がありました。
全部終わるまで待たされるかと思ったら、先に行ってよいということで、出発しました。
でも、途中で、止められて、結局、後続を待つことに。なんだかなぁ。
日食の時間が迫っているので、みんな、気が気でありません。
Y字路を砂漠の中へ、ここからの路が、尋常でありません。砂漠の中に一応、馴らした道がついているのですが、揺れるし、土ほこりがひどいです。この路を、
1時間半ほど揺られるはめに。
観測場所には、1時間強前に着きました。
バスを降りると、熱いです。暑いでなく、熱いです。でも、不思議と、汗は出ません。
大方の方は、最前列を目指して、場所を仕切っているテープの西の端に陣取られました。
赤道儀持参組は、2本引かれた南北線の周辺に布陣です。わたしは、南北線の南の端に赤道儀を組み立てました。石が多いので、拾って、三脚の下に敷きまし
た。
目分量で南北を合わせて、高度も目盛り頼りだったのですが、結構、ちゃんと追ってくれます。
カウントダウンを聞きながら、5分おきに、撮影をして行きます。
さて、いよいよ皆既という段になって雲が迫ってきます。
そして、片岡編集長のカウントダウンの声に合わせて、雲に隠されてしまいました。えーー。
とりあえずで、インターバルタイマーに任せて写真を撮り始めて、双眼鏡で見ていましたが、ほとんど雲の中でよくわかりません。
雲を抜けてくれよという願いをむなしく、第4接触を伝える声には、みなさんの悲痛な叫びが。
結局、雲をでたのは、皆既が終わって少しした頃でした。
復円を待たずにかたずけ始める人が多数でした。
帰りのバスでは、疲れから、バス酔い気味で、早く揺れない道路に戻ってほしいと願っていました。
宿に着くころには、すっかり暗くなって、バスの中から、夏の銀河がうっすら見えていました。
8/2
今日はひたすら、ウルムチに移動です。行きとは,別ルートです。
途中、事故なのか工事なのか、道を直してしたのですが、迂回用の側道を作るブルトーザーの作業が終わるまで、足止めさせられました。
途中寄ったトイレで、暑さに負けて、アイスを買いました、やばいかなと思ったのは、食べ終わってからでした(w
初日とおなじ新疆大酒店泊。
8/3
8時の飛行機なので、5時起きで、6時には空港へ。
早く出たつもりも、荷物検査が厳しく、ギリギリになりました。
今回のツアーで印象的だったのは、とにかく、荷物検査が多かったことです。
空港はもとより、巴里坤のホテルでもやっていました。北京オリンピックを控えてのことだったようです。実際、帰国後、カシュガルで警官の襲撃事件などが起
きていました。
西安の空港で、乗り継ぎを待っていると、直前に用事が出来てツアー欠席と聞いていたO越さん達に会いました。急
きょ、西安入りして、皆
既はちゃんと見れたとのことでした。
西安からは、JALで、日本へ。
天候がよく、韓半島とかもよく見えました。
流れ解散気味で、解散。
車で帰ったのですが、路が暗くて運転が大変でした。