今年、国際天文学連合(IAU)によってちょうど発見10例目と認定された超新
星がSN 2014Jである。3-4メガパーセク(おおよそ1000万光年)の極めて近傍
の銀河M82にて2014年1月21.81日(世界時)に11.7等の明るさで発見された。

発見の直後、広島大をはじめとするグループによって得られたスペクトルに
よれば、極大光度1,2週間前の高速膨張するタイプのIa型超新星に類似してい
ることがわかり、これらの情報は今、全世界の天文学コミュニティに広く報告さ
れている。

これほど近傍での発見例は非常に珍しく、Ia型超新星ではここ20年で最も近い
距離の銀河である(2011年8月にM101に発見されたSN 2011feは6.7Mpc)。
その後、全世界において可視光に留まらず、
X線や電波帯域での観測速報がAstronomer's Telegram (ATEL)に次から
次へと報告されている(一般に、一つの超新星に対して1報告であるが、
なんと21もの(!!!)報告が流れている)。さらに、M82という非常に良く研究され
ている銀河に出現したこともあり、Ia型超新星爆発の専門家だけでなく、銀河
や星間ガスの専門家も注目する天体となることが予期され、非常に多くの研究
成果が国内外問わず出版されることは、もはや避けられないであろう。

Ia型超新星とは何だろうか。超新星の"型"は、分光観測によって得られる
"虹(スペクトル)"によって定められる。(中学校理科の教科書などに掲載されて
いる光の波長による屈折率の違いを利用した"プリズム"が、まさに光のスペ
クトルを得るための装置である。また、実際に見える虹も大気によって太陽光が
分散した"スペクトル"と言える。)

星からの光のスペクトルを見てやると、ある色(波長)で、細い"暗線"が見られる。
これは線スペクトルと呼ばれ、星の外層を成すある元素によって星表面からの
光を吸収しているためである。これを超新星に適用してやると、膨張大気に
含まれる元素を特定することができる。水素が見られるものを"II型"、水素が
見られずヘリウムが見られるものを"Ib"型、水素もヘリウムも見られないもの
を"Ic"型と呼ぶ。"Ia型"とは、水素もヘリウムも見られず、特徴的なシリコン(Si)
による吸収線が強く見られるものをいう。前者の3つは、8-10太陽質量以上の
大質量星の重力崩壊起源であるが、"Ia”型は連星系を成す白色矮星が、
太陽の1.4倍程度の質量に到達したときの熱核暴走反応によるものである。

さらに、超新星爆発においては、永年にわたり極端な運動を示さない"恒星"
に比べると、極めて大きな速度で外層構造が膨張している。これをスペクトル
から知ることができる。視線方向上に放射(吸収)物質が運動するとき、その
波長はドップラー効果によって、静止波長に比べて大きくシフトする性質を持つ。
典型的なIa型超新星においては、最も明るい時期にシリコンが10000-12000
km/s程度で膨張することは近年の研究により明らかになっている
(SN 2014Jの場合、さらに速く20000km/sという報告もある。)。
これの2乗に、白色矮星の質量である1.4太陽質量と1/2をかけて、運動
エネルギーを見積もってやると、ちょうど10^51 erg(~10^44J)となる。これは、
典型的な超新星爆発のエネルギーと思っていただいて差支えない。

Ia型超新星がなぜ天文学的に重要な天体となりえたか。この天体は、明るさ
の変化(光度曲線)が、絶対的な光度に強く依存する、という性質を持つため
である。
これは、1993年にMark Phillipsらの観測によって調べられたが、Ia型超新星
そのものの性質だけでなく、宇宙の構造の研究においても極めて強い
インパクトを与えた。すなわち、未知の距離の銀河で起きた明るいIa型
超新星爆発の光度曲線さえ追ってやれば、距離の測定が可能となる、と
いうことである。そもそも、宇宙はより遠方であるほど膨張しているらしい、
という観測結果は、1929年にエドウィンハッブルによって提唱されたが、
その後宇宙膨張率に関しては、強い制限は与えられてこなかった。
しかしながら、この93年のPhillipsらの発見によって、銀河の後退速度
とIa型超新星から推定される銀河の距離を、遠方において比較してやると、
どうも一様な膨張率では説明がつかないことがわかった。これらは1997年に
Saul Perlmutter、1998年にAdam Riessらによってまとめられた。その結果
を解釈すると、宇宙の膨張速度は、宇宙が進化するにつれて加速している、
ということであった。この宇宙加速膨張の発見によって、2011年Riess、
Perlmutterに加えてBrian Schmidtは、ノーベル物理学賞を受賞した。宇宙
加速膨張は宇宙を満たすと考えられる"暗黒エネルギー"の存在の可能性を示唆し、
最近の研究成果では、バリオン音振動、2.7Kマイクロ波宇宙背景放射の
観測成果と合わせて、暗黒エネルギーが68%、暗黒物質が27%で、
残りのわずか4-5%が、私達が見ている星であり、星間ガスであり、
銀河である、という報告がなされている。天文学だけでなく、宇宙の根源たる
物理を支配する要素を露わにしたのである。

さて、以上のように天文学だけでなく物理学においても極めて重要な役割を
持つIa型超新星であるが、そもそもどのような天体がIa型超新星として爆発
に至るのか、実はその正体は明らかになっていない。現在考えられている、
爆発前の天体(天文学の世界では"親星"という)の描像としては、近接連星
系を成す白色矮星の熱核暴走反応によるものであろうということだけである。
この熱核暴走反応のトリガーとなるべき"臨界質量"に到達するきっかけは、
伴星(隣の星)からの質量降着か、白色矮星同士の合体であるか、(あるいは
別のシナリオか)決着がついていないのである。白色矮星は、いわゆる恒星
とは異なり、量子力学的な性質により質量を支えていることから、縮退した
星(degenerate star)と呼ばれる。ここから文字を取って、伴星からの質量
降着説を"単縮退説(single degenerate)"、一方で合体シナリオを"双縮退
説(double degenerate)"と呼ぶ。これら、親星の正体をめぐる議論は、極め
て多様にわたる研究者の間で、30年にわたって盛んな議論が行なわれて
きているにも関わらず、決着はついていない。それどころか、それぞれの
シナリオを支持するそれぞれの研究成果の報告が勢いを増すばかりで、
多くのIa型超新星関連研究論文がNature/Scienceをにぎわしている。

"単縮星説"v.s."双縮星説"に決着をつけるには、どのような研究手法で
アプローチするのが良いだろうか。親星の直接証拠を捉まえるための観測
手法として、親星自体に巻き起こした星風の証拠を捉える、ということが
一つあげられる。(この場合、"星風"は赤色巨星であった伴星の収縮起源、
あるいは白色矮星周りの降着円盤からの星風による伴星外層の剥ぎ取り
起源と考えられる。) すなわち、明るく輝いている超新星を背景光としてやり、
その視線方向上の分布している元素について、分光観測によって正体や
物理を探るのである。この手法は、超新星
爆発そのもの、つまり高速膨張(10000km/sオーダー)している大気を捉え
ることが主たる目的ではなく、その前景を漂っている"星間物質"の運動を
捉えることに肝がある。したがって、このような観測には、より精度の良い
、高い分解能のスペクトル(高分散分光観測)が必要となる。一般に、分解
能が10倍上がれば、観測可能な光度は10-20倍以上暗くなってしまう。
一方で、"単縮退星"説で期待される星風運動は10-100km/sのオーダー
であり、分解能は100倍必要である。

さて、話をSN 2014Jに戻そう。SN 2014Jは、1/30日現在10等台前半という
報告がなされており、非常に明るく輝いている。これは、上記のような研究を
可能とする”恰好のターゲット"なのである。さらに、それだけではない。
単に明るいだけならば、2年前に6.7MpcのM101に出現したSN 2011feが
9.8等もの明るさに到達していた。では、SN 2011feにおいて高分散分光
観測が実施されていないか、と言われれば、そうではない。しかしながら、
結果は"ネガティブ"であった。すなわち、星間起源と見られる吸収線のIDに
成功し、超新星の明るさが刻一刻と変化していくなか、追観測がなされた
のだが、ついに、その変動や速い星間物質の運動を捉えることはできな
かった。これは、視線方向上には、星間物質が漂っていることは間違いない
が、それが期待されるような速度では運動していなかったのである。一方で、
星間物質の運動が捉えられた例が、1例報告されている。
2006年2月に16Mpcの近傍銀河M100で出現したSN 2006Xがまさに
それである。SN 2006Xはヨーロッパ南天天文台(ESO)が所有するVLT
(Very Large Telescope)によって、高分散分光観測が4夜にわたってな
された。VLTは8mの口径を持っており、これほどのやや遠い距離のIa型
超新星であっても高分散分光を容易に実施することができる。その観測
結果は、星間物質による100km/s以上の高速運動を捉え、さらに、複数の
速度を持つ"多重星風"であることを見出し、それぞれの成分の強度が
時間変化したことを示したのである。これは、まさにIa型超新星が
親星時代に噴きだした星風であり、"単縮退星"起源説を支持する結果と
なったのである。この結果は、Science誌にて2007年に公表された。
超新星爆発だけでなく天文学界に強いインパクトを与えたのである。
しかしながら、その後このような視線方向上の星間物質の運動を捉えた
報告は無かった。8mクラスのような大口径望遠鏡を使うことのできる
"マシンタイム"を数夜にわたり、獲得することは極めて困難であること、
そもそもこの観測対象となりうるような近傍の距離での超新星の出現が
極めて稀であること、などが進展を留めていた。

そのような状況の中、SN 2014Jが発見されたのである。実は、SN 2014J
は、上記のSN 2011feに比べると、SN 2006Xにその性質が類似している
ことが、かなた望遠鏡をはじめとする観測によって明らかになっている。

さらに、ATEL 5797では、スペイン領ラ・パルマに設置されている口径1.2m
のMercator Telescopeによって高分散観測の初期報告がなされている。
それによれば、SN 2006Xで見られたような"多重成分"の検出に成功して
おり、今後はこの"多重成分"の一つ一つがどのような変動を示すのか、
あるいは示さないのかといったことを明らかにすることが研究の焦点になる
と考えられる。

さて、SN 2014Jの現在の等級は、10.6等との報告がある。参照星、フィルターや
機械の違いによるシステマッティクスは当然考えられるために、これをそのまま
鵜呑みにしてはならないが(一般には+/-0.5等の誤差を見ておくと良い。さらなる
高精度の測定には標準星の観測などが必要となる。)、もし、正しいとするなら
ば、やはり93年に発見されたSN 1993J, 2011年に発見されたSN 2011fe
に次いで明るい超新星となりそうである。我々の解析によれば、明後日,
2/1が最大光度で、その後は、Rバンド(中心波長 640nm、"R"はRedの
頭文字)で、2/10あたりまでに、0.6-0.8等ほど暗くなった後に、10日ほど
緩やかな期間が続き、2/20までは11等台前半の明るさが続くものと
予測される。これは、この期間にわたって上記のような高分散分光観測が
可能であることを意味し、またその他の多様な波長、多様なモードでの観測が
実施されるであろうことは間違いない。

今後の動向が最も気になる天体の一つである。


京都大学花山天文台PD
山中雅之